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難しい別れを神頼み…京都の縁切り神社・安井金比羅宮
縁を断つのは難しいものだ。日本には、誰かと別れるのに神の助けを求めて、古都・京都を訪れる人々がいる。
800年の歴史を持つ安井金比羅宮には、年間およそ4万人もの参拝客が訪れる。その多くは女性だ。彼女たちは願いのトンネルをくぐり、「縁切り」の儀式を行う。


縁結びのサービスもしていますが、縁切りの祈りを6000円で行う神社だそうです。
こういう「縁切り神社」があるとは、知りませんでした。

リアルな人間関係が希薄になってきた現代、「縁を結ぶ」ことが困難になってきました。
特に、男と女。
だれかと一緒になりたい、という願望は、なかなかうまくかなえられるものではありません。

ですが「別れる」というものは、「縁を結ぶ」よりも比較的簡単だと思いがちですが、そうではないようです。
「一刻も早く別れたい」……なら自分で別れればいいじゃない、と思いますが、それもかなわず神頼み。複雑です、人間関係。

「有無同然」という仏教の言葉がありますが、縁があっても苦しみ、縁が無くても苦しむ。人間関係って、一体何なんでしょうね。
好きで一緒になった相手が、やがて「別れたくて仕方が無い」相手になる。
ああ、人の心は、なんと変わりやすいものなのでしょう。
# by sosony | 2007-05-11 22:25 | ニュース・話題

言葉の持つ力の恐ろしさ

子供への虐待などで、殴る、蹴るなどの暴力がよく問題になりますが、それに匹敵する、いえそれ以上の力を持つかもしれない「言葉の暴力」があります。
他人に手を出すのは勇気がいりますが、何気ない「言葉」をはくことは、そんなに勇気はいりません。
更にネットの匿名性を利用して、言いたい放題の環境が、言葉の暴力をエスカレートさせ、時には人を死に追いやることさえあるのは、悲しい事実です。

たとえば、
韓国人気芸能人の自殺とインターネット実名制(nikkei)
1月には歌手のユニが、2月には女優のチョン・ダビンが、共に縊死(いし)を選んだ。2人の自殺が韓国社会に波紋を広げたのは、インターネット上の激しい誹謗中傷が彼女達を追い詰めたと思われているからだ。2人とも美容整形手術を受けたことを、自身のブログや各種ポータル・サイトのユーザー書き込み欄などで、心無い人々から手酷く攻撃されていた。

因果関係はハッキリしないのでしょうが、やはり、心ない「言葉の暴力」が、彼女たちを死に追いつめた原因の一つであったのは間違いないのではないでしょうか。
失われた命は戻ってきません。そして「暴言」を書き込んだ人たちは、何も責任を感じることなく、そして今日も心ない書き込みをしているのでしょうか。
命も軽くみられたものです。

上は韓国の例でしたが、日本でも、こんな記事がありました。
「ネット中傷」相談8千件、目立つ中高生のトラブル(読売新聞)
昨年9〜10月には、仙台市の中3男子生徒に、「死ね」「生きている価値なし」などと中傷する書き込みが掲示板に集中した。学校側の要請で管理者が削除したが書き込みは収まらずエスカレート。警察が捜査に乗り出し、通信記録から判明した数人の生徒が侮辱の非行事実で家裁送致されたが、男子生徒は不登校になり、転校を余儀なくされた。
 山梨県ではブログで「うざい」などと中傷された女子高生が自殺未遂に追い込まれたほか、香川県の高校では同級生を中傷した生徒が逮捕された。

中高生に広がる「言葉の暴力」も、自殺を起こそうとしていました。
学校での「いじめ」は、面と向かって暴言を浴びせることだけではなく、ネット社会がさらにそれをエスカレートさせ、尊い命を奪おうとしています。

もちろん、どんな誹謗中傷があろうとも「スルー力」でやりすごす人も多いでしょうが、その境地を中高生に求めるには無理があります。
「語殺」という言葉があるように、何気ない言葉が、時としてとてつもない殺傷力を持ったものであることを、私たちはよくよく自覚をしていなければならないでしょう。
親鸞会 批判の真実
# by sosony | 2007-03-30 22:16 | ニュース・話題
「いじめ」の問題で、世の中非常に騒がしいですね。
いかにしていじめを減らすか、無くすか、自殺を止めるか、様々な議論がなされています。

いじめられる側もそうですが、いじめる側もまた、心を病んでいます。
人間として、持つべきものは何なのか、欠けていると言えるのでしょうか。でもそれは、どこまでいっても極めることはできないと思いますから難しいですよね。

いじめた側を別教室で学習させて解決になるのか? 社会奉仕をさせて心は改善されるのか? 
「罰」を受けて当然なのでしょうが、それで教育と言えるのだろうか?
いじめを傍観した者も罪を負うのなら、なんと窮屈な学校生活でしょう。

そんな議論がある中、興味深いものがありました。
心を病む子どもたちがこれだけ多いということは、ある意味では仏の道が廃れたということです。裏返していえば、仏の道が、大人にも子どもにもきちいんと語り継がれていないということではないでしょうか
(『あした笑顔になあれ』水谷修:より)


 あの「夜回り先生」と言われる水谷氏の本からの引用です。
 人生の苦しみというのものの一番の救いは、本来は仏教をはじめとした宗教ではなかったかと氏は提言しています。

 なるほど、いじめにしろ自殺にしろ、道徳倫理ではカバーしきれない領域をはらんでいると私は思います。
 そう遠くない昔、日本でも生活の中に信仰が根付いていて、感謝の心、恩の心、相手を尊重する心、それは完璧でないにしろ、家庭で社会で知らず知らずのうちに胸から胸に伝えられていたのではないでしょうか。
「信仰心」の名のもとの「いじめをしてはならない理由」「自殺してはならない理由」は、今や完全に家庭はもちろん教育の現場には欠如してしまったと言えるのでしょうね。

 今からそれを取り戻そうとするのは、困難な話だと思います。
 この先、どうなっていくのでしょう?
# by sosony | 2006-12-02 13:03 | ニュース・話題
4歳男児の母親らを逮捕 殺人容疑で秋田県警
 秋田県大仙市の農業用水路で保育園児進藤諒介ちゃん(4つ)が遺体で見つかった事件で、県警捜査1課と大仙署は13日、諒介ちゃんが事件に巻き込まれたと断定、殺人容疑で母親の無職進藤美香(31)=同市大曲住吉町=と、知人で県立大館高校の非常勤技師の畠山博(43)=同県大館市十二所一の地=の両容疑者を逮捕した。

秋田といえば、畠山容疑者という、子供を殺した母親の事件で一時期にぎやかだったところですが、再び同じ県でこのようなニュースを聞くことになろうとは、なんて悲しいことでしょうか。

この事件に限った事ではなく、相次ぐ虐待のニュースを聞くにつけ、「母親の愛」は、どこにいってしまったのだろう、と、ふと思います。
もちろん、日本に存在する母親すべてがそうなった訳ではない、ごくごく限られた一部だと思います。

知り合いの、子供を持つ女性に、すこし聞いてみました。
「虐待など、子供を傷つけることは考えられない。でも、殺してしまいたいという心は分からないでもない」と、意外な答えが帰ってきました。
よく聞けば、子育ての疲れから、そんな思いが頭をよぎることがある、ということらしいのです。
かんしゃくを起こし言う事を聞かない子供、思うように躾もできず、協力してほしい父親は帰りが遅く子育てに非協力的。ストレスはたまる一方。
こんなことなら……。

なるほど、母親は疲れている。
少子化の問題も、こんなところから来ているのかもしれません。

それはともかく、「邪魔になったから」「うるさいから」と、まるで動物以下の扱いで我が子の命を奪っていく母親の話を聞くと、悲しくてなりません。
どんな子供であっても、みんな母親の愛情を求めている筈。
それが、このような結果となり……どんなにこの子は辛かったことでしょう。

悲しくてなりません。
# by sosony | 2006-11-13 21:49 | ニュース・話題
<福岡いじめ自殺>発端は学年主任の「いじめ発言」繰り返し
 福岡県筑前町の町立三輪中2年の男子生徒(13)がいじめを苦に自殺した問題で、合谷(ごうや)智校長、中原敏隆町教育長、学年主任らが15日、男子生徒宅を訪れ、両親と面会した。学校側は、男子生徒の1年時の担任教諭を務めた学年主任(47)がいじめ発言を繰り返し、それが発端となって他の生徒にまでいじめ行動が広がったことを認めた。
(略)
 また、▽1年の時に生徒らをイチゴやジャムに例えてランク付けするなど人格無視の発言を繰り返した▽ケガをしているのに仮病よばわりやうそつき扱いした——ことなどを、同級生2人から伝えられたことを明かし「間違いないか」とただした。学年主任は「(男子生徒が)からかいやすかったから」と、いじめ発言を繰り返していたことを認めた。
 さらに、母親が男子生徒のインターネット利用について教諭に相談した内容を他の生徒たちに明かして、同級生らがこれに絡めたあだ名で呼ぶようになったいじめを誘発していたことも指摘した。母親によると、男子生徒はこの後「学校に行きたくない」と言うようになったという。


福岡で中学2年生の男子がいじめを苦に自殺した件の続報です。
最近、いじめによる自殺の話題が大きくなっていますので、マスコミもかなり大きく取り上げていますね。
こういう内容がメディアで大きく取り上げられるようになると、更に自殺を増やすことにもなりかねないですし、事実そうなった時期が過去にありましたから、少し危険を感じます。

それにしても、最初のきっかけって、教師からだったのですね。
悲しいです。
相談を受けて、それをつい漏らしてしまった、ということは、あってはならないですが、それで嫌な経験をしたことは、誰にだってある筈です。
信頼を損ねることを自ら起こしておいて、それに反省することもなく、「からかいやすい」という理由で、生徒と一緒になって「いじめ」を続けた……死んでから「一生かけて償う」と言っても、もう彼はもどってきません。

バレー部の主将だったほどですし、「からかいやすい」ということは、この男子生徒はよほど人柄のよかった子なんでしょう。
残念でなりません。

当日「死にたい」とサインを出しつづけていたのに自殺を止められなかった、この教育の現場って、一体何なのでしょうか……。
# by sosony | 2006-10-16 07:40 | ニュース・話題